これは、あるご夫婦から実際に受けた相談です。
「息子が小学校に入学し、周りの友達と自分を比べ始めました」
「『どうしてお母さんのお腹から生まれてこなかったの?』と聞かれたとき、言葉に詰まってしまいました」
「真実を伝えるべきだとは分かっていますが、彼を傷つけてしまうのではないかと、どうしても怖くて踏み出せません」
このご夫婦の痛みは、私自身が日々抱えている葛藤そのものです。
私にも、代理出産で授かった8歳になる息子がいます。
元渉外弁護士として、私は国際的な契約の裏側で、代理出産という選択が持つ「光と影」を見てきました。
そして、当事者として、その光の中で生きる喜びと、影の部分である「真実告知」の重さを知っています。
知識や正論だけでは、この問題は解決しません。
大切なのは、多様な家族のかたちを模索する一人ひとりの想いに寄り添うことです。
この記事では、私自身の経験と、これまでに300組以上のカップルをサポートしてきた専門家の視点から、代理出産で生まれた子どもへの真実の伝え方について、「思考の地図」を提供します。
感情的な波に飲み込まれず、かといって冷たい傍観者にもならず、あなた自身が納得のいく答えを見つけるための一助となることをお約束します。
真実告知の「なぜ?」:法律家と母親、二つの視点から
なぜ、私たちは子どもに真実を伝えなければならないのでしょうか。
「愛している」という気持ちさえあれば、それで十分ではないのでしょうか。
この問いに答えるには、法的な視点と、親子の心理という二つの側面から考える必要があります。
法律が保障する「出自を知る権利」
まず、言葉の定義から始めましょう。
真実告知は、子どもの「出自を知る権利」を保障するものです。
これは、国連の「児童の権利に関する条約」にも謳われている、子どもが持つべき基本的な権利の一つです。
自分のルーツや、家族がどのようにして形成されたかを知ることは、アイデンティティ(自己の確立)を形成する上で不可欠だと考えられています。
日本の法律では、代理出産を明確に禁止も合法化もしていません。
この「空白」が、当事者を法的なグレーゾーンに置く原因となっています。
しかし、国際的な視点や、子どもの福祉を最優先するという倫理観に照らせば、出自に関する真実を伝えることは、親としての責務と言えるでしょう。
法律は万能ではありません。
だからこそ、私たちの倫理観が問われるのです。
隠し通すリスク:親子の信頼関係という名の「地図」を失わないために
真実を隠し通すことは、現実的に不可能です。
いつか、どこかで、子どもは真実を知ることになります。
その時、もし親からではなく、他人から、あるいは偶然のきっかけで知ってしまったらどうなるでしょうか。
子どもは、「なぜ、一番信頼していたはずの親が、一番大切なことを隠していたのか」と、深い裏切り感と衝撃を受けることになります。
これは、単に「生まれてきた経緯」という事実を隠したこと以上の問題を引き起こします。
親子の間に築かれてきた信頼関係という名の「地図」を、一瞬にして失ってしまうことになりかねません。
私たちは、家族という名の船を、どの海図を頼りに進めるのかを、常に明確にしておく必要があります。
その海図こそが、愛と真実に基づいた親子の信頼関係なのです。
告知のタイミングと伝え方:8歳の壁を前にして
では、いつ、どのように伝えれば良いのでしょうか。
私自身、8歳の息子を持つ母親として、この問いには今も時々言葉を詰まらせてしまいます。
専門家としての知見と、当事者としての葛藤を交えながら、具体的な方法を整理します。
専門家が推奨する「7歳まで」の理由
海外の研究や、養子縁組の事例などから、真実告知は3歳〜4歳頃から始め、遅くとも7歳までに伝えることが推奨されています。
これは、4歳頃から言語能力が発達し、内容を内省化できるようになるためです。
専門家の視点から言えば、「早すぎる」ということはありません。
むしろ、幼い頃から自然な形で、家族の物語の一部として真実を語り始めることが理想的です。
私の息子は今8歳。
推奨される時期をわずかに超え、まさに「どうして?」という問いを投げかけ始めた時期にいます。
この時期の子どもは、周囲との違いを認識し始め、自分のアイデンティティを確立しようとします。
だからこそ、親が自信を持って、「あなたは、私たちが心から望んで選んだ、特別な存在なのだ」というメッセージを伝えることが重要になるのです。
伝えるべき核となるメッセージ
伝えるべき核は、「愛と選択の物語」です。
決して、不妊治療の苦労や、代理母への感謝といった「大人の事情」をメインにしてはいけません。
子どもに伝えるべきメッセージは、以下の3点に集約されます。
- あなたに出会うことを、心から望んでいたこと
- あなたを家族に迎えるために、私たちは特別な選択をしたこと
- あなたは、ほかの誰でもなく、私たちにとって最高の宝物であること
この物語を語ることで、子どもは「自分は愛されていないから、特別な方法で生まれたのだ」ではなく、「自分は、これほどまでに愛され、選ばれた存在なのだ」と肯定的に捉えることができます。
事実は、常に多面的です。
私たちは、その多面的な事実の中で、「愛」という最も明るい側面を強調して伝える責任があります。
伝えるための具体的なステップとツール
真実の告知は、一度の「カミングアウト」で終わるものではありません。
子どもの成長に合わせて、少しずつ情報を開示していく「継続的なプロセス」です。
具体的なツールとして、以下のものを活用することをおすすめします。
- 家族のオリジナル絵本: 代理出産に至るまでの道のりを、子どもが理解できる平易な言葉と絵で表現した、世界に一つだけの絵本を作成します。
- 写真とアルバム: 代理母との写真や、プログラム中の写真を、隠さずにアルバムに収め、自然な会話の中で見せます。
- 比喩的な表現: 「お母さんのお腹は、赤ちゃんを育てるお部屋が病気になってしまっていたの。だから、遠くに住む優しいお姉さん(代理母)に、あなたを一時的に預かってもらって、大切に育ててもらったんだよ」といった、温かい比喩を用います。
私自身、これまでに300組以上のカップルから相談を受け、海外の信頼できる医療機関や法律家と連携し、倫理的で安全なプログラムの選択をサポートしてきました。
海外での代理出産を検討される方が、エージェンシーの選択で迷われるケースは少なくありません。
例えば、モンドメディカルのような専門機関の評判や提供される情報について、当事者として深く知りたいと思われる方は、彼らの発信する情報も参考にされると良いでしょう。
代理出産にまつわる「法的な真実」をどう伝えるか
元弁護士として、私はこの法的な側面の伝え方が、最も難しいと感じています。
日本の法律では、「産んだ人が母親」という原則があり、海外で代理出産をしても、依頼者夫婦が法的な親となるためには、特別養子縁組などの手続きが必要になることが多いからです。
まず、言葉の定義から始めましょう。「代理母」と「法的な母」
子どもに「代理母」の存在を伝えるとき、日本の戸籍の原則とどう折り合いをつけるか。
これは、非常にデリケートな問題です。
専門用語は避けられない場合でも、必ず日常の言葉に翻訳して解説します。
- 日本の戸籍の原則: 「産んだ人が母親」という日本の戸籍の原則とぶつかることを意味します。
- 子どもへの伝え方: 「あなたを産んでくれたお腹のお母さん(代理母)はいるけれど、あなたを育てることを決めた、法律上のお母さんは私(依頼者)だよ」と、役割の違いを明確に伝えます。
息子に伝えるべき「家族の旅」の真実
私は息子に、私たちの家族の成り立ちを「法律の地図にない道を歩くようなものだった」と伝えています。
「お父さんとお母さんは、あなたに会いたくて、会いたくて、世界中を探し回ったんだ」
「その旅の途中で、法律という地図には載っていない、特別な道を選んだんだよ。それは、少し大変な道だったけれど、あなたという宝物に出会うために、どうしても必要な道だったんだ」
法的な手続き(特別養子縁組など)は、愛のプロセスとして語り直すことができます。
「この手続きは、お父さんとお母さんが、法的に正式に、あなたを一生守り、愛し続けることを国に約束するための、大切な儀式だったんだよ」と。
失敗談から学んだ、寄り添いの重要性
ライターとしての活動初期、私は法律家としての正義感から、代理出産に潜むリスクや法的な問題点を強く発信しすぎた時期がありました。
「あなたの記事は正しいが、私たちの希望を奪う」
当事者からのこの悲痛な声は、私にとって大きな学びとなりました。
知識や正論だけでは人は救えないこと、そして何より大切なのは、多様な家族のかたちを模索する一人ひとりの想いに寄り添うことだと痛感しました。
以来、私の信条は「ジャッジしない、ただ寄り添う」です。
代理出産は、美化も否定もせず、その光と影をありのままに伝えるべきです。
そして、その真実を子どもに伝えるときも、親の葛藤や不安を子どもに背負わせるのではなく、「私たちは、あなたを愛するために、この選択をした」という揺るぎない愛の事実を、羅針盤として示すことが大切なのです。
結論:答えは一つではありません。だからこそ、対話を続ける
この記事を通して、あなたは代理出産後の真実告知について、以下の「思考の地図」を手に入れたはずです。
- 真実告知は、子どもの「出自を知る権利」を保障する、親の責務であること。
- 専門家は、遅くとも7歳までに、継続的な対話として告知を始めることを推奨していること。
- 伝えるべき核は、「愛と選択の物語」であり、法的な事実は愛のプロセスとして翻訳すべきこと。
週末、私は8歳の息子と、世界中のスパイスを使った料理に挑戦しています。
多様なスパイスが混ざり合って新しい味を生み出すプロセスは、「多様な家族のかたち」と重なって見えます。
家族のかたちに、正解はありません。
最後に、あなた自身に問いたい3つのことがあります。
- あなたは、お子さんを愛しているという事実を、心から信じられていますか?
- お子さんに、あなたの家族の物語を、自信を持って語れますか?
- お子さんの「どうして?」という問いに、感情的にならず、冷静に、そして温かく向き合う覚悟はありますか?
答えは一つではありません。
だからこそ、私たちは対話を続ける必要があるのです。
あなたが、あなた自身の言葉で、お子さんに愛を伝えるための力強い一歩を踏み出せるよう、心から願っています。