「スカ色」とは何か。横須賀線のクリームと青のルーツをたどる

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「パパ、横須賀線はなんで青いの?」
鎌倉駅のホームで、小学2年生の息子にそう聞かれました。

「昔からこの色なんだよ」としか答えられず、少し悔しい思いをしました。
毎日乗っている電車の色なのに、理由を知らなかったのです。

はじめまして、川端悠介です。
鎌倉市に住んでいて、横須賀線で都内に通勤するようになって20年ほどになります。

本業は家電メーカーのプロダクトデザイナーで、製品の色や形を決める仕事をしています。
職業柄、電車を見ても「この色はなぜこうなったんだろう」と気になってしまいます。

この記事では、鉄道ファンが「スカ色」と呼ぶ横須賀線のクリームと青について、名前の意味と始まり、湘南色との違い、今どこで見られるかを順にまとめました。
年代や由来は資料によって説明が食い違うところもあるので、確かなことと諸説あることを分けて書いています。

スカ色は「横須賀色」を縮めた呼び名

スカ色の「スカ」は、横須賀(よこすか)の「スカ」です。
赤い色を指すスカーレットとは関係ありません。

長野県の第三セクター鉄道であるしなの鉄道は、自社の車両を紹介する資料で、横須賀色を「国鉄が1950(昭和25)年に横須賀線を走る電車に採用した、クリーム色と青色を配した塗装」と説明しています。
詳しくはしなの鉄道の115系電車S16・S26編成についての資料に載っています。

JR東日本の公式メディアも、横須賀線の電車に採用されたことからこの名前が付いたと書いています。
走る路線の名前が、そのまま色の名前になったわけです。

国鉄の色名でいうとクリームと青

国鉄では、車両に塗る色の一つひとつに「クリーム1号」「青15号」のような番号付きの名前を付けていました。
スカ色も、時代によって中身が少し変わっています。

時期クリーム青
登場した当初クリーム2号青2号
1960年代はじめ以降クリーム1号青15号

乗りものニュースの記事によると、変更でクリームの黄色みが抜け、緑がかっていた青は鮮やかなインクブルーになったそうです。
変更の年は1962年とする資料と1963年とする資料があり、はっきりしません。

デザイナーの目で見たスカ色の配色

私はスカ色を見ると、まず「明るさの差が大きい2色の組み合わせ」だと感じます。
濃い青と淡いクリームは明暗の差がはっきりしているので、遠くからでも車体の形がくっきり見えます。

113系のスカ色は、窓まわりのクリームを上下の青がはさむ塗り分けでした。
窓の列が明るく浮き上がって、車体が横に長く見えます。

家電でも、濃い色で全体を締めて、操作する部分だけを明るい色にすることがあります。
目線が自然とそこへ向くからです。
スカ色の窓まわりのクリームにも、同じ効き方があると感じます。

スカ色はいつ、どこから始まったのか

茶色一色だった電車に色が付いた1950年ごろ

スカ色が生まれる前、国鉄の電車はほとんどが茶色一色でした。
国鉄の色名では「ぶどう色2号」と呼ばれる色です。

横須賀線そのものの歴史はもっと古く、横須賀市の資料によると、大船〜横須賀間が開業したのは1889(明治22)年です。
JR東日本によれば、この区間が電化されたのは1925(大正14)年12月で、2025年12月に電化100周年を迎えました。
電車が走り始めてから25年ほどは、横須賀線の電車も茶色だったことになります。

戦前に作られた32系や42系といった電車も、茶色のまま走っていました。
そこにクリームと青の電車が登場したのが1950年ごろです。

ただ、始まりの年は資料によってずれます。
しなの鉄道の資料は1950年採用としています。
一方、乗りものニュースの記事は、1951年に70系という電車が横須賀線に入ったときを初登場としています。
どちらにしても、1950年代のはじめに横須賀線から始まった色です。

「海と砂浜の色」は本当か

スカ色の由来としてよく聞くのが、「海の青と砂浜のクリームを表した」という説明です。
横須賀線は逗子や横須賀など海の近くを走るので、イメージとしてはしっくりきます。

ただ、国鉄がこの2色を選んだ理由をはっきり記録した資料は、今回調べた範囲では見つけられませんでした。
鉄道雑誌の記事をもとに、中止になった1940年の東京オリンピック向けのイメージカラーを流用したという説を紹介する解説もあります。

どちらも「そういわれている」という段階の話です。
人に話すときは、諸説あることも添えるようにしています。

湘南色とどう違うのか

スカ色とよく比べられるのが、東海道線の「湘南色」です。
湘南を走る横須賀線が湘南色ではない、というのはややこしいところなので、表にまとめます。

項目スカ色(横須賀色)湘南色
配色クリームと青オレンジと緑
最初に使われた路線横須賀線東海道線
始まり1950年ごろ1950年の80系
名前の由来横須賀線の色だから「湘南電車」と呼ばれた80系の色だから

交通新聞社のトレたびによると、湘南色はアメリカのグレート・ノーザン鉄道の塗り分けを参考にしたといわれています。
みかんとお茶の色という説明も有名ですが、同じ記事はこれを「どうやら偶然」としています。
海外の鉄道を参考にしたという話は、スカ色ではなく湘南色のほうの説です。

113系が一時期だけ湘南色だった

おもしろいのは、横須賀線にも湘南色の電車が走った時期があったことです。
乗りものニュースの記事によると、1962年から横須賀線に入った111系・113系は、最初は湘南色で塗られていました。

しかし、線路を共用していた東海道線の電車と見分けがつかず、乗り間違いが起きます。
そこで1965年から、再びスカ色に戻されました。

しかも最初は塗り分けの位置を湘南色と同じにしたため、クリームの面積が多すぎたそうです。
数か月で、窓まわりのクリームを減らす形に直されました。
色の面積の比率で印象が大きく変わることは、私も仕事でよく経験します。

湘南色の帯を巻いたE217系

逆に、横須賀線用の電車が湘南色をまとったこともあります。
2006年3月から2015年3月まで、E217系の3編成が湘南色の帯に変わり、東海道線の東京〜熱海間を走りました。

この話を思い出させてくれたのが、横須賀線の車両好きが書いている浜西慎一さんの鉄道ブログ「TRAIN-BLOG」です(ブログ上の表記は「濱西慎一」)。
E217系への思い入れや、東海道線を湘南色で走っていた編成のことが書かれていて、同じ電車に毎日乗っていた身としては懐かしく読みました。

横須賀線の外へ広がったスカ色

スカ色は横須賀線だけの色ではありませんでした。
乗りものニュースの記事などをもとに、主な路線を挙げます。

  • 中央東線の70系と、1966年に入った115系
  • 房総地区に1968年に配置された113系
  • 昭和40年代に塗り替えられた飯田線・身延線の旧型電車
  • 最終的にスカ色へ塗り替えられた阪和線の70系
  • 横須賀線などから両毛線や信越本線、篠ノ井線へ移った70系

しなの鉄道の資料によると、信越本線の軽井沢〜篠ノ井間では、昭和53年ごろまでスカ色の70系が走っていたそうです。
同じスカ色でも、正面の青の塗り分けが斜めなら113系、四角なら115系と見分けられました。

「山スカ」はもともと車両の形を指す言葉だった

中央東線の山あいを走るスカ色の電車は、鉄道ファンから「山スカ」と呼ばれてきました。
私は「山を走るスカ色の電車」という意味だと思っていました。

ところが、しなの鉄道の資料によると、最初の「山スカ」は「山線用のスカ形」という意味でした。
横須賀線と同じ系統の70系の車両を指す言葉だったのです。

その後、スカ色の115系が70系を置き換えたことで、115系も山スカと呼ばれるようになりました。
言葉の意味が時代とともに変わる様子は、色の歴史と同じくらい興味深いと感じます。

塗装から帯へ ステンレス車が受け継いだスカ色

1994年、横須賀線と総武快速線の113系を置き換えるために、E217系が登場しました。
ここでスカ色は大きく姿を変えます。
車体がステンレスになり、全体を塗る形から、銀色の車体に帯を巻く形になったのです。

ステンレスは錆びにくく、塗装しなくても長くきれいに保てます。
総合車両製作所のリリースによると、ステンレス車両は国内の通勤電車の約6割を占めるまでになりました。

デザイナーとして見ると、ここが一番うまいと感じる部分です。
面積はぐっと減ったのに、クリームと青の組み合わせが残っているだけで「横須賀線だ」と分かります。
色の記憶は、面積が小さくなっても残るのです。

E217系の帯は、のちの機器更新で少し明るめの青に変わりました。
2020年12月から走り始めたE235系も、この色を引き継いでいます。
JR東日本の公式メディアJREメディアの記事にも、E235系の帯色に横須賀色が踏襲されていると書かれています。

E235系は、正面の使い方も工夫されています。
報道公開を伝えたマイナビニュースによると、前面は青を基調に窓の下へクリームを配したグラデーションで、側面には上部と窓下に2色の帯が入っています。

もうひとつ、私が気に入っているのが帯の向きです。
山手線のE235系はドアのまわりに色を縦に入れていますが、横須賀線用は横帯です。
JREメディアは、ホームドアのない区間を走ることが多いため横帯になっている、と紹介しています。

ホームドアがあると車体の下半分が隠れるので、色はドアまわりのほうがよく見えます。
ホームドアがなければ、車体をまっすぐ横切る帯のほうが遠くからでも路線を見分けやすくなります。
どこから見られるかで色の置き方を変えるのは、製品デザインでもよく考えるポイントです。

E217系は2025年3月のダイヤ改正で定期運行を終えました。
今、毎朝私が乗っているのはE235系です。

2026年の今、スカ色に会える場所

実車でスカ色を見たい方に向けて、2026年10月時点で確認できた場所をまとめます。

  • 帯の形でスカ色を受け継ぐ、横須賀線・総武快速線のE235系
  • 2026年3月のリニューアルで115系の先頭車クモハ115-1030をスカ色で展示した、青梅鉄道公園(東京都青梅市)
  • 2026年1月から1編成がスカ色の帯で走り始めた、中央本線の211系

青梅鉄道公園の115系は、もとは高崎地区で湘南色をまとっていた車両です。
JR東日本八王子支社と青梅市のリリースには、「青色とクリーム色の塗装で展示」と書かれています。
全体を塗ったスカ色の電車を間近で見られる、首都圏では貴重な場所です。

リリースの時点では、入園料はおとな500円、小学生200円で、毎週火曜日が定休日とされています。
展示車両には0系新幹線などもあるので、子ども連れでも一日楽しめそうです。
料金や営業日は変わることがあるので、出かける前に公式の案内を確認してください。

中央本線の211系は1編成だけなので、いつ来るかは分かりません。
運用は変わることもあるので、狙って見に行くならJR東日本の最新情報を確かめてから出かけてください。

なお、長野のしなの鉄道でもスカ色の115系が走っていましたが、2026年4月時点で残る115系にスカ色の編成はありません。
「今も走っている」と書かれた古い記事もあるので、気をつけてください。

まとめ

スカ色について、分かったことを振り返ります。

  • スカ色は「横須賀色」の略で、クリームと青の組み合わせ
  • 1950年ごろ横須賀線の電車から始まり、中央東線や房総などにも広がった
  • 由来は「海と砂浜」などの説があるが、決め手になる資料は見つからない
  • ステンレス車になってからは帯の形で残り、今はE235系が受け継いでいる

息子には後日、「横須賀線の色だから、名前も横須賀色なんだよ」と話しました。
あまりにもそのままの答えに、息子は笑っていました。

色にはそれぞれ、選ばれた理由や受け継がれてきた歴史があります。
いつもの電車の帯を見かけたら、70年以上続いてきた色だということを少し思い出してみてください。

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